2013年1月
原発のない平和な未来を選びとろう!
みんなといっしょに政治の場へ
2009年3月の市議会議員選挙から4年が経とうとしています。本当に多くの市民の方に支えて頂き、なんとか議員活動を続けることができました。
この間、図書館や学童や給食の民間委託問題、市民交流センターの取得問題、ごみ処理問題など、市政が大きく揺れ動く中で、ひとつひとつの問題について市民の方々と共に解決方法を探ってきました。
原発事故、市長選で、市民の力が試された
そして、昨年4月の市長選では市民の力が結集し、市民派市長を誕生させることができました。311の原発事故が起こった、ひと月後です。社会全体が「このままではいけない」という思いに満ちていました。
しかし、ごみ問題を巡って議会は紛糾。佐藤市長は辞任に追い込まれました。私自身も市長を支える力が不足していたのだと思います。
311以降、社会の在り方、政治の問題に目覚めた市民は多く、市議会にも大きな影響を与えました。議会基本条例制定への取組み、市民が始めたインターネット中継から市議会主催の中継への移行など、より市民に開かれた議会にしようとしています。
これから私たちがやらなければならないこと
原発事故が収束していない今、小金井という地域から、被災地、避難者への支援、エネルギーの転換、大量生産・大量消費・大量廃棄社会の見直しを発信していくことが必要です。
これまで取り組んできた、子どもの権利条例の充実、子どもの貧困対策とともに、再生可能エネルギーの活用や、ごみ問題の解決にむけてゼロウエスト宣言を行った自治体を参考に、市民主体でごみゼロに向けての取組みを進めていきたいと思います。
私が4年前に掲げた基本理念は「子どもの権利とおとなの人権」「民主主義を活かしきる」「足もとからの平和」でした。これからも同じ思いで、多くの人たちと共に考え、共に学びながら歩んでいきたいと思っています。
2009年3月
私といっしょに挑戦するつもりで応援してください!

小金井に住んで13年、初めての子どもが生まれた年に引越してきました。子どもの成長とともに私自身も、社会への目が開かれ育ってきたように思います。
小規模異年令保育所の保育者や親たち、公民館の女性学級、小学校など「子育て」をきっかけに知り合った仲間たちから学んだこととは、「子どもは地域で育つ」ということ、「自分が助けてもらった子育てを、次の世代の人に返してあげる」こと、「大人にとっても子どもにとっても〈いい加減(ほどよいこと)〉が大事」などなど。東京都から助成金がカットされそうになって都議会に請願したり、市に陳情する、といった議会への働きかけ方を学んだのも保育所にいる時でした。
子育てから、より広い市民活動へ
「みんなで子育てする町」を作りたいね、との思いを共にする親たちが、幼稚園、保育園、学校といった垣根を超えて集まり、井戸端会議という名前でイベントを行ないながら横に繋がっていったのも同じ頃。
その後、2年ほど休止となっていた「武蔵野はらっぱ祭り」復活に関わったり、教育基本法改悪阻止のため、先生方と市民が協同した運動に参加もしました。「子どもの権利条例」策定時のおとな会議に参加し、策定委員会の傍聴をかさね、現在も制定に向け陳情を出し続けています。公民館本館の企画実行委員となった時は、8ミリ講座や子どもの人権講座など、市民が今、学びたいと思える講座作りを考えてきました。市民活動や勉強会、都知事選や参議院選挙を経て、「生活の基を成すのは善かれ悪しかれ政治である」と思い至りました。
みんなといっしょに政治の場へ
子育てと同様に「自分が助けて(楽しませて)もらった小金井での暮らしを、お世話になった相手に返すのではなく、次の世代の人に返して繋げていく」というつもりで、今、私ができることがあるならやってみよう、と考えています。
市民活動にほんの少し関わっただけでも、議員よりよほど勉強している人、議員よりもっと広い視点で物事が見える人が、小金井にはたくさんいることがわかりました。
ひとりぼっちではなく、見識ある多くの市民の方に支えられて取り組むのであれば、未熟な私でもなんとかやっていけるのでは、と思っています。
私といっしょに挑戦するつもりで応援していただけるとうれしいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
